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鈴風の物語 その6 曳舟の神事(1/3)

last update Last Updated: 2025-10-25 06:00:04

 ひだる様の屍人狩りを目の当たりにした後、ひいらぎの行方を探したが見失ってしまった。

それは柊を追っていた赤さんも同じようで、二人して青墓の闇を彷徨い歩くことになってしまっていた。

 魂が青墓に囚われ暗闇に馴染んだことで周りが見えるようになっても歩き辛さは相変わらずだった。

ひだる様に見つからないように荒れた獣道を選んで行かなければならず、生い茂る下草や朽ちた倒木に行手を遮られ、何度も転びながら行くしかなかった。

これまでは赤さんが障害物を上手く避けながら誘導してくれてたのだと気づいたころ、低木に囲まれた開けた場所に出た。

逡巡しゅんじゅんの広場は杜の入り端でこんな奥まった場所でなかったし、何よりここが違うのは、真ん中にくずおれかけた東屋あずまやがあることだった。

あたしは何かわからない衝動に突き動かされて傾いた東屋の側へ近づいて行った。

後ろから赤さんの声がかかる。

「お気をつけて。ひだる様が潜んでいるやもしれません。調べますので少しお待ちを」

 足を止めて待っていると赤さんの声が、

「何もいないようです。太夫お疲れでしょう。少しここで休んで暖をとってはいかが?」

 そう言われて、ようやく体が冷え切っていることに気がついた。

柊の事ばかり考えていて自分の体のことを他所にやっていたらしかった。

 東屋の近くに寄ってようやく分かったのだが、その東屋は船の上に建っていた。右手に舳先へさきが、左手にともが枯れ葉の中から覗いていた。

つまり地面に半分埋まった屋形船だったのだ。東屋だと思った屋形の部分は前方が破れ障子で、そこから透けて見える中は人が数人入れそうだった。

どうしてこんなところに屋形船があるのだろう。

「これは?」

曳舟ひきふねの神事に使われたものです」

 曳舟の神事。

その昔、五穀豊穣を祈って西山の鬼子神社から七福神を乗せた屋形船を曳いて長い山道を下る神事があった。

その行き先は地獄に仮託した青墓だったという。

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     最初にこちらに気づいたのは青半纏だった。牛刀の鎌爪を振りかざし樹木を切り倒しながら迫ってくる。刹那一翔、妾はその顔面に飛びつくと力任せにそいつの首を捻じ回した。すると頚部で鈍い音がして案外簡単に首が取れた。千切れた首から生臭い液体が顔にかかる。目の前が深紅に染まる。その赤さが脳髄を刺激してあの夜、信夫と一つになった感覚を思い出させた。もう何も怖くない。妾は信夫と一緒だ。「柊をいじめるヤツはゆるさない!」 手に触れたものを雌雄構わず誅戮していく。腕をひしいで骨を折った。牛刀の鎌爪を引き抜いてやった。髪を掴んで首を引き抜いた。片手で半身を削いだ。全身が鮮血に濡れる。殺気が漲り制限が利かない。こいつら皆殺しにしてやる。 壁のように立ち塞がるひだる様を滅殺しながら行く手を切り開いていると突然視界が開けた。ひだる様が輪を作りその真ん中にあの獣がいた。荒い息をして膝まづき居並ぶひだる様を睨みつけている。肩を抑える手が血に染まっていて、見ると肩から先の腕がなかった。「柊?」 獣がこちらを見た。この獣が柊だという確信はあったけれど、その凄まじい姿を目にすると、それが揺らいでしまう。幼さと妖艶さがないまぜになったあの美しい容姿と余りに違っていたからだ。 その獣の容貌は、額が突き出しその奥の見開いた瞳は金色で鼻は潰れて広がり頬骨が出て顎が張っている。唇は4本の銀牙が突き破って血泡を吹いてる。首から下は背中、腕、足と盛り上がった筋肉が周りの気を圧していた。これが鬼子の姿。月鬼の名の如く、まさに狼だった。それでもかろうじて柊と分かるのは、腰のあたりに桜色の布切れがまとわり付いているからだった。あれは柊が下新造から新造に格上げになった時、妾が柊にあげた、うさぎ柄の襦袢なのだった。 ひだる様は妾が見

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